絵空言 師匠の遺言

絵空言




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師匠の遺言

その日、普段は無口な師匠が言いました。
小さな声で、呟くように。


「人間ってのは 大してかわらねぇナっておいらが言ってもナンだけどサ
負け犬の歯ぎしりって言われんのがオチなんだろうけどサ
どいつもこいつも代わり映えしねぇモンなんだナって思ったのは確かなんだからヨ
仕方ねぇわナ
まーオメェさんに会う日ももう幾らもねぇから
ちぃとばかし言っとくかネ
前に言ったと思うがよォ大事だと思うからもう一度聞いてくんねぇかナ」


僕は黙って頷きました。


「人間ってなぁちとした一言ですぅぐ傷ついてムキになる
ナンだってそんなに弱っちいのかネ
耳の穴くらい開けときゃあいいもんだが
よぉく聞きもしねぇでしゃべり立てるわナ
ムキになる奴にぃ限って論理の欠片もありゃしねぇ
争ってばかりでよぉくも疲れねぇもんだァな
争うのがよぉっぽど好きなんだァな
いつかわっかんねぇけど戦争で人間が滅びちまってもおいら驚きゃしねぇナ
争うのが好きだってんなら仕方ねぇわナ
オメェさんはどうかネ 争うのは好きかネ 勝つのは好きかネ」


僕が口を開こうとしたら、師匠は言いました。


「いやいや言わんでよいサ
そいつぁ大事なこっじゃねぇから
ムキになって争うてのはたいしたこっちゃねぇんだな  良くはねぇが悪いこっでもねぇ 
大事なこたぁな
まー人間何言ってんのかより何してんのか の方が大事なんだけどヨ
それよか どう在るのか って事の方が格段に大事なんじゃねえのかナ
そこんとこわかんねぇヤツァみんなおんなしだわナ
どう在るのかってこたぁ ナニ大したこっじゃねぇ
どの程度 テメェ自身に気付いていられるのかってことだからヨ
テメェはそこでテメェの優越感や劣等感に気付いていなせぇ
臆病なテメェに 凶暴なテメェに気付いていなせぇ
テメェはテメェの嫉妬や憎悪や憤怒や悲哀にキチンキチンと向き合って生きなせぇ
目ん玉背けてぇテメェから目ん玉背けねぇでいなせぇ
そんだけのことでぇ随分いろいろ変わってくんじゃねぇのかい
ナニ争いやら喧嘩やらが好きでも構うこたねぇ
ただしっかり意識していなせぇ テメェでキチンと気づいていなせぇ
でなけりゃあ いつ迄経ってもおんなしことの繰り返しだからヨ」


僕はちょっと、首を傾げました。


「なんでってそりゃオメェ
気づいてなけりゃあ変えることすらできねぇんじゃねぇのかい?
オメェが変わらなきゃあオメェはおんなしこと繰り返すほかねぇんじゃねぇのかい?
まー 繰り返すのも一興  ひたすら変わりゆくのも一興
どっちを選ぶかはオメェさんの好きにするこったナ
ナニこんなこた始まりに過ぎねぇし
今更オメェさんに言うことなのかどうかもわっかんねぇが
言えるこたこんくらいだァな
後はオメェさんの好きなように過ぎてきゃいいだけだわナ
あーこりゃあ始まりだかんな先のこたオメェさん自分で考えな
考えることくれぇ自分でやらにゃあな」


師匠はそこまで言うと疲れてしまったようで目を閉じました。
眼を閉じたままで続けます。


「直感も感覚も感情もそりゃあ大事だがよ
感性やらをもてはやすのも結構だがよ
だからっつって思考がどうでもいいなんてわきゃあねぇんだナ
思考がはっきりしてねぇと流されちまう
考えて考えて考え抜くてぇことも忘れちゃならねぇ
まぁ 最後の最後まで 本当に 心底  絶対に 妥協しねぇで考えるてな オメェさんにゃまだむつかしいかも知れねェし 必要ねェかもしんねぇ
それはそれで まるで新しい世界が 見えて来ねェとも限らねぇわけだが  そりゃ ま オメェさん次第だぁナ   楽じゃねぇし 危ねえから 勧めはしねぇがな
まー  いずれにしてもな オメェはオメェの思考に気付いてなきゃならねぇ
オメェの思考が何を前提にしてんのか見極めなきゃならねぇ」


そして、聞き取れないような声で言いました。


「まぁオメェの人生だ    好きにやんな」


僕は次の言葉を待ちましたが、
幽かな息の音が聞こえるばかりでした。
師匠は眠ってしまったようでした。
鉄橋に懐かしい響きを残して電車が通り過ぎて行きます。
街の家々に灯りが燈り、この河川敷を吹き渡る風も冷たくなってきました。
僕はもう家に帰らなきゃいけなかったんだけど、師匠の息が苦しそうだったので、このまま、此処にいることにしました。
お母さんに怒られるな。お父さんにも怒られるな。おっかないな。
でもどうしても帰れませんでした。
星がちらほら光って、僕も眠ってしまったようでした。






目が覚めると辺りはぼんやりと明るく、一面、靄におおわれています。
師匠を見ると、師匠はもう息をせずに、冷たくなっていました。
師匠は死んだようでした。


「どうした?」

顔を上げると河川敷に住んでいる人が怪訝そうに見ています。

「死んだか?」

僕が頷くと、

「そうか。じゃあ、お墓を作ってやろうな。」

そう言って、僕と一緒に穴を掘ってくれました。
師匠の亡骸を埋め、盛り土の上に目印の石を置いて、僕が手を合わせていると、
その人が言いました。

「この犬と随分仲がよかったじゃないか。」

僕は黙って頷きました。
  1. 2009/01/20(火) 19:02:35|
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