絵空言




宇宙(ソラ)へ

静かな 満月の 夜でした

湖面で眠る水鳥たちは 月の光に目を覚ましました
月の光は 幽かな 懐かしいリズムとなって水鳥たちを震わせたのです
そうして 月があまりにも 輝いていたので
彼等は皆  一斉に水に潜り 揺らめく魚となって 泳ぎ始めました

しばらく水面(ミナモ)近くを周遊しておりましたが どうも 底の方に何かあるようでしたので
魚となった鳥たちは  群れを成して 深みに向かったのです
みるみるうちに 銀色に輝く水面は遠ざかりました

折角 魚になったのだから 湖底をちょっとばかし散策しよう
本当は そう 思っただけなのかもしれません

けれども
泳げども 泳げども
潜れども 潜れども
底には着けなかったのです

この湖は 年に一度
大潮の夜に 底が消えることを 鳥たちは知らなかったのです
それでも ただ 突き動かされるように
暗い水底へと まるで 堕ちるかのように 泳ぎ続けます

闇に堪えられなくなった仲間たちが 次々と引き返し
寒さに堪えられなくなった仲間たちが いつの間にか 姿を消し

沈み続けるのは一握りの者たちだけになりました

微かな明かりすら見えなくなって どれ程 泳ぎ続けたでしょうか

行く手に 点々と 明かりが灯り
それが 天空の星々そのものだと知った時の彼等の喜びを何に例えればいいのでしょう

深淵は 宇宙(ソラ)へと続き
いつしか 鳥たちは 憧れていた星々の闇を泳いでおりました


・・・・・・・


水面近くで 揺らめいていた魚たちは 月の光があまりにも眩しかったので 寝つけずにいたところ

水面で眠っていたはずの水鳥たちが 一斉に魚になって水底へ向かうのを見ました

魚たちは 少し考えた末 水面に 躍り出て 鳥になり
そうして しばらく 羽繕いなどしておりましたが
月が十分に明るかったので 飛び立つことにしました
鳥になった魚たちは  一斉に飛び立ったのです

水面の月が崩れて 再び 形をなした時には
魚たちは 月に照らされ遥かな空を飛翔していました

薄っすらと明るい 地平線を目指せば みるみるうちに日は上り
初めて見る景色に 魚たちは驚きざわめきました
いつもいつも自分たちを脅かす二足動物たちの住処が 延々と連なっていましたが
何と小さく見えることでしょう
その住処が疎らになれば
色づく森 雪の山  あぁ 煌めく湖も見えます
やがて陸地が途切れると 海が広がりました

眩暈のするほどに広々とした海の上を 飛び続けていますと 
やはり 懐かしさに堪えられなくなったのでしょう
多くの仲間たちが魚へと戻り 海へ 堕ちて行きました

やがて 飛び続ける者たちの数が ほんの一握りになった頃
日が沈み始め海は金色に輝き  残された魚たちは 再び 月を 見上げていました
幽かに響いているリズムが強まります

・・・行こう

囁くように聞こえた 誰のものとも知れぬ声は
夜風に鳴る翼の音だったのかもしれません
けれども 魚たちは 風をつかみ 舞い上がりました

高く 高く 高く

遠くへ

月に輝く雲の峰を突き抜けると
青く 透明な大気は すぐに消えて
星々の世界に包まれました

魚たちは 月を掠め   
小惑星を縫うようにして躱し
木星の重力で加速して
惑星軌道を次々に横切り
飛び続けたのでした


・・・・・・・


太陽が 星々の海に 紛れて消えた 銀河の辺境で
鳥となった魚たちは
魚になった鳥たちに 再び出会いました

そうして 鳥は鳥に 魚は魚に戻り
共に 宇宙(ソラ) の彼方を 目指したのです

何処からか聞こえてくる 懐かしいリズムだけを 道標にして
彼等は 宇宙の果てに 消えていったのでした
  1. 2010/11/21(日) 15:41:49|
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