絵空言




丹沢にて

丹沢山地は 首都圏近郊の手頃な山として 親しまれているが
その主峰である蛭ケ岳より西に入ると 登山者はめっきり少なくなる

だから その日の早朝 蛭ケ岳山荘を出発し 一時間程歩いた私が 登山道の傍らに突っ立っている子供にひどく違和感を感じたとしても 不思議ではなかろう
年令は 六~七才だろうか
薄汚れた運動靴を履き この初冬の山中には不釣り合いな 薄手の白い長袖シャツを着ている
ボサボサの短い髪
男の子?いや 女の子 と言われればそのような気もしてくる
そんな捉えどころのない顔をしていた

不審に思ったが 
いや 不審なればこそ 声をかけてみる
その不審を 打ち消すために

「おはよう」

子供は 私を見て 笑っている
此処で 私を待っていたかのように

「こうやってね
光を キラキラさせるんだ」

子供はいきなり そう言って 手をかざして
少し振って見せる
何かを持っているのではなく
子供の手が 光っているようだ

「そうするとね
集まってくる人がいる
光の親和性 だね
光の欠片が 意識の中でまだ生きてる人は
光に引き寄せられるんだ」

子供は ニヤニヤして 続ける

「そこでね 闇を見せるんだ」

子供が 左右に大きく手を振る
私は目を見張った
突如として 子供の周囲から闇が 拡がり始めたのだ
凄まじい速さで 周囲の樹木が 崩れるように 闇に溶けて行く
空は明るさを失い 私の立っていた登山道も 崩れ 溶けた

上下左右 奥行の知れぬ 闇の空間で
奇妙な浮遊感と落下感を味わいながら 私は 子供と対峙していた

「面白いよ
集まって来た人たちが
蜘蛛の子を散らすみたいに 逃げて行くんだ
ははは
まったく 闇を見ずに 光だけ見ようなんて
どんだけご都合主義なんだろうねぇ?
そんなんで どうやって 光の向こう側まで 行くつもりなんだろう
無理に決まってるじゃんねぇ?」

闇の中で 子供が笑っている

何だ この子供は?
私は 混乱していた
何だ この闇は?
時間は 七時を回ったばかりの筈で 私は 山歩きをしていた筈だ
落ち着け
落ち着け
落ち着け
考えろ

「光に寄ってくる 光の子らは たいして遠くまで行けないと 僕は 思うんだよね
いくら 光 光 光 つって光を求めてもさ
貪欲なんだよ
あんたは どう思う?」

いきなり 一体 何の話だ?
私は 答えられずに 黙っている

「どうしたの?何で黙り込んでるの?」

子供は 少し 不機嫌になったようである

「答えないと 此処から出さないぞ」

いや しかし  そう言われても

そもそも 状況的に この子供は 人間じゃないよな?
私は 別に オカルトと言われる分野に拒絶反応を起こすような人間ではない
むしろそれらに多少は関心があるくらいだ
しかし 実際にはUFOらしき正体不明のモノをだいぶ以前に見かけたことがあるくらいで
いきなりこのような事態に遭遇しても対処法がまるでわからない

とりあえず 答えてみる

「そ そうだね 俺もそう思うよ」

子供の眼が 真剣になる
ヤバい

「嘘つきっ」

子供が 甲高い声で叫ぶ

「あんたもそうなんかっ
現実を素通りしてっ
妄想に閉じ籠ってっ」

私を包む闇が 重くなり始めた
指先を見ると すでに 溶けている
クソ 何なんだこれは
まずい マズい マズイ
焦り 振り返って子供から逃げようとしたが できない
下を見て すでに 脚が消えていることに気づいた
そして 腕が消えた

「ぅあっ」

・・・死の 感覚に 恐怖する




その時 肩を強く叩かれた

闇と子供は 消え 私は 登山道に突っ立っていた
冷たい風の中に じっとりと汗をかいて

慌てて腕と脚を確かめるが ちゃんとついている
振り向くと 黒いジャケットを着た老人が 私を見て 幽かに微笑っていた

「あ ありがとうございます」

しかし 言葉が続かない
私は どう見えていた?どう説明する?
ちらと 時計を見ると もうすぐ九時半になる
バカな・・・二時間半も経ったのか?
私が困惑していると
老人は何も言わずに速足で 私の来た蛭ケ岳の方へ歩いて行った

私は 深呼吸すると 西丹沢へ下ることにした





バス停で暫く待たされて やっと来たバスに乗ろうとした時

「まだ 生きたいんだな?」

何も言わなかった筈の老人の声が 何処からか 聞こえた気がした

「どうやら そうらしい」

私は小声で呟き 山を振り返ると 
稜線は雲に覆われ もう見えなかった
そして 何故か あの子供の顔と 老人の顔が重なって思い出された
  1. 2011/03/29(火) 20:03:40|
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