絵空言 師匠とその弟子 4 ~創世記を読み解く~

絵空言




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

師匠とその弟子 4 ~創世記を読み解く~

「お師匠さま、世界とは、何なのですか?」

「さぁねぇ?なんだろうねぇ?元をたどってみたらどうだろう。」

「元、ですか。」

「『神は、第七日目になさっていたわざの完成を告げられた。』」

「第六日目に野の獣と人を創られた。」

「第五日目に海の巨獣と鳥を創られた。」

「第四日目に日月星辰を創られた。…これって、遅くないですか?」

「比喩だよ。
それまではねぇ、地球は厚い雲に覆われていてね、星どころか太陽すら見えなかったのさ。
深い霧の中に入ったことはあるかい?太陽が何処にあるかなんてわかりゃしないだろう?
まぁいいや。続けるよ?
神は第三日目に海と陸と草木を創られた。」

「第二日目に水を分け、天を創られた。…えーっと。
『「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」
神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。』
…これはどういう意味ですか?」

「原始の地球には大雨が降り続いていたんだけど 、それが止んだってことさ。
海ができて、空は厚い雲に覆われたんだ。
そんなことより第一日目だ。
『神は光を見て、良しとされた。
神は光と闇を分け、 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
夕べがあり、朝があった。第一の日である。』
これはねぇ、物質宇宙の生成と太陽が輝き始めて、自転が始まったってことの両方を意味してる。
私たちの見慣れた宇宙の始まりと言ってもいい。」

「世界の起源は第一日目の前にあるのですね?
『初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面(おもて)にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。 』
えーっと。
まず神さまがいらっしゃって。
天と地を創られて。
地と闇と深淵と神の霊と水があったと。
そして光が生まれたと。
…わけがわかりません。」

「文字通りに読んだってわからないさ。
この一節と二節と三節は特殊でね。聖書に出てくる他の文言とは隔絶しているくらいに思っておいていい。
ここでいう神というのは一つの純粋主観、意識だ。
天と地の創造というのは原初の神的意識の分裂。
別の節に出てくる天地とこの第一節の天地はまったくの別物だよ。
でね、天地の創造は“見るもの”と“見られるもの”の分化を意味してる。
宇宙ってのはねぇ、そこから始まったんだ。
天と地、どちらでもいいんだけど、文脈からすると、天が“見るもの”、地が“見られるもの”を意味しているようだね。
“見るもの”についてはそれは純粋意識、神的意識そのものだから一切言語化できない。
だから次の節では“見られるもの”であるところの“地”についてのみ言及している。

『地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。』
これはちょっとわかりづらいけど、第二の分裂について語ってるんだ。
描くなら、太極図ってことになるかな。
陰と陽、有と無。精神と物質、生命と非生命。静と動、或いは生と死。
あるのは、深淵と水。この二つの表面にあるのが、闇と神の霊。
深淵というのは、陰であり無であり物質であり非生命であり静であり死であるところのもの。
水というのは、陽であり有であり精神であり生命であり動であり生であるところのもの。
この二つは対立しているわけじゃない。
ただ二つの異なる方向性というだけの話だから、“渾沌であって”と説明されている。
もしも対立しているのならそこには秩序があるからね。
そして闇が深淵の面にある。
これは水の側から見ると、深淵が闇に見える、というだけのことで、闇に実体はない。
あるのは深淵だ。」

「なら神の霊も・・・・・」

「いや、神の霊というのは、意識の集合体である水が分化したものだ。
水がすべての生命の源であり、神の霊はそこから生まれたすべての個生命体の原形と言える。
言い換えるなら分化した神の意識だ。
神は創られた世界に自らを織り込んだんだよ。」

「そこで『光あれ』とおっしゃられたのは神ですか?それとも神の霊なのですか?」

「神だよ。神というか、全存在というか、「光あれ」という望みがただそこに、神の内にあったというか。
でもね、次の四節の光を見て良しとされた神は神の霊なんだ。
神の霊の中の原初の一人だ。第四節はこうあるね。
『神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。 』
神ご自身がね、何かを良しとしたり、光と闇を分けたり、何かを名付けるようなことはあり得ないから。
本来の神というのは、第三節までしか出てこない。
四節目以降の神は、神の霊たちを意味している。」

「霊たち?」

「神の霊が一人なわけないだろう?」

「私たちも、…神の霊なのですか?」

「すべての生命、と言ったろう?
もちろん、顕れとしては雲泥の差があるけどね。
物質としての身体を持っているかどうかの違いもあるし、能力も知覚範囲もまったく異なる。
…雲泥の差、ってのはいいね。
雲も泥も見た目はまったく違うけど、どちらも塵と水からできていることには違わない。」

「原初の…天と地を創造された神様はどうなったのですか?
分裂して無数に分化して…」

「一つの創造は一つの破壊で、一つの生が一つの死なら、どうだろうね。
かつて東洋の賢者はこう言ったよ。
『日に一竅(きょう)を鑿(うが)てるに、七日にして渾沌死せり。』
七日にして世界は創られたけど、七日にして神は死んだかもしれない。
まぁ、彼はもっと抽象的な意味で言ったんだろうけどね、そういうふうに見えるかもしれない。」

「じゃあ…」

「いや、実際のところ、神は神のままだよ。
天地は創造されたとも言えるし、されなかったとも言える。
私たちはいるとも言えるし、いないとも言える。」

「わかりません。」

「私たちはねぇ、“見られるもの”、“地”に完全に巻き込まれてるんだ。
忘却の中で楽しめるならそれでいいけど、もし還りたいなら来た道を逆に辿ってみればいい。
自我から神の霊へ、水へ、そして闇ではなく深淵を統合したなら地を知る。
地を知ったなら、そこで天を知るだろう。
天と地は不可分なれば。
“見るもの”と“見られるもの”は不可分なれば。
ただ…そこで神を知れるのかどうかは、私たちにはどうにもできない。」

「やっぱりわかりません。
でも…神は神のままなんでしょう?神が神のままなら、何処にいらっしゃるのです?」




「ん?神は、今、此処のすべてに。」



テーマ:奇妙な物語 - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/01/06(月) 20:20:04|
  2. お話
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。