絵空言




深淵


僕は 深淵を覗き込んでゐるんだ

世界に背を向けて
屈み込んで 深淵を覗き込んでゐるんだ

振り返れば いろんな何かが見えるんだらう
だつて其処は世界だもの いろんな何かが在るんだらう

懐かしい何かが 少しだけ
金木犀の香り それから沈丁花の香り

愛しい何かが 幽かに少し
たぶんもう 全部思ひ出

それから理不尽な何かが 腐るほど
どうでもいい雑多な何かが 山のやうに
これらはいつまで経つても無くならない

でも 僕はもう そんな世界なんて知らない
世界なんて忘れてしまつた

だから 振り向かないで 僕は深淵を覗き込む

此の闇
深く 何処までも透明に澄んだ 闇
此の闇の奥に 僕はそのうち 溶けて消えるだらう

世界は浅く 薄く 希薄になつて 消えてしまふ



あゝ 誰だらう 
後ろで呼んでゐる気がするけれど

…たぶん気のせゐだらう


  1. 2016/10/02(日) 20:45:10|
  2. 詩想